masaka says
片山杜秀「大楽必易」を読んだ。学生時代から伊福部昭に直接話を聞いて自伝となるべき下書きをまとめてきた筆者による評伝。若干アマチュア臭い問や構成もあるが、それも敢えて取り繕わず伊福部のことばをできるだけそのまま伝えているのが貴重。いろいろ興味深いが特にチェレプニンによる作曲レッスンから民族というかもっと奥底の部分での方向性を確立していくところは圧倒的な力がある。旋律ではなくリズムが主の「ピアノ組曲」とか音程ではなく高低のみの太鼓としてTimpを使う「日本狂詩曲」、決めのポーズに行くまでの経過も連続写真のように運動として伝わる音楽、近代的自我から生まれる曲線ではない直線的なテンション、西洋長短調から置き忘れられたフリギア旋法と日本の音楽、そして大楽のための平易な無心あるいは童心