masaka says
ユダヤ人が社交界に入ってきたことをプルーストの描写によって引きながら「犯罪と悖徳…との間には根本的な相違がある。犯罪を行なう者は、その悪事について責任を問われ得る自由な人間である。悖徳には人間は宿命的な生まれつきの素質によって引き込まれるのである。…いかに盲目的なものであれ、中世のユダヤ人憎悪からは洗礼によって逃れることができた。…人々がユダヤ人らしくあることの<悖徳>がいかにおもしろいかを快い戦慄とともに発見したときにはじめて、ユダヤ人であることは内反足やせむしのような生まれつきの宿命となった。」pp.194-195